図解
図解:問いを6ステップで読みとく流れ(自動生成)
蚊のだ液が、痛みを感じるセンサーの働きをおさえるから。
夏の夜、気づいたら足がかゆくなっていた。さされたしゅんかんは分からなかった。そんなことはありませんか。
蚊は、ストローのような細い口を皮ふにさして血をすいます。はりをさされているのと同じですから、本当なら痛いはずです。
そのなぞが、2021年に生理学研究所などの研究であきらかになりました。関西大学や富山大学といっしょに行われた研究です。
蚊は血をすう前に、自分のだ液を体の中に入れます。このだ液が、痛みを感じるセンサーの働きをおさえていたのです。
わたしたちの体には、とうがらしのからさを感じるセンサーと、わさびのようなしげきを感じるセンサーがあります。蚊のだ液は、その両方の働きを弱めることが分かりました。
熱を加えてだ液をこわすと、この働きはなくなりました。はたらいていたのは、だ液の中のたんぱく質だったのです。
「シアロルフィン」という成分が、大切な役わりをしていました。おもしろいことに、マウスのだ液にもにた働きが見つかっています。
気づかれないうちに血をすい終えるための、蚊のくふうなのですね。
蚊に刺されたその瞬間に気づける人はほとんどいない。当たり前のようなこの現象の裏には、蚊の側の周到な仕掛けがある。2021年、生理学研究所と生命創成探究センターは、関西大学・富山大学との共同研究で、蚊の唾液がヒトの痛みセンサーそのものを抑え込んでいることを示した。標的はカプサイシン受容体TRPV1とワサビ受容体TRPA1。唐辛子の辛さやワサビの刺激を痛みとして受け取る、あの二つである。唾液を熱処理すると阻害の働きが失われたことから、実体はタンパク質だと絞り込まれ、シアロルフィンという成分が重要だと確認された。血を吸う数十秒を稼ぐために、相手の感覚を一時的に鈍らせる。しかもこの仕組みは、マウスの唾液にも共通していた。研究チームは、こうした成分の解析が新しい痛み止めの研究につながると期待している。刺された痕がかゆくなるころには、当の蚊はとうに飛び去っている。
仕組みの科学
痛みを感じるとき、皮膚や粘膜で最初に反応するのはセンサーの役割を果たすタンパク質である。今回の研究で標的となったのは、そのうちの二つ、TRPV1とTRPA1だった。TRPV1はカプサイシン受容体とも呼ばれ、唐辛子の辛味成分に反応する。TRPA1はワサビ受容体と呼ばれ、ワサビのような刺激に反応する。どちらも、生き物が危険を察知して身を引くための入口にあたる。生理学研究所などの研究グループは、蚊の唾液がこの二つのセンサーの機能を抑制することを明らかにした。針を刺されているにもかかわらず痛みの信号が立ち上がらないのは、入口の側が一時的に鈍らされているためである。では、唾液の何が効いているのか。研究では唾液に熱を加える処理が行われた。熱を加えるとタンパク質は構造が変わって働きを失う。処理後の唾液では阻害の作用が確認できなくなり、働いている実体がタンパク質成分であることが確かめられた。さらに解析が進められ、シアロルフィンという成分が、蚊やマウスの唾液によるTRPV1・TRPA1の阻害に重要であることが示された。刺してから吸い終えるまでの短い時間を稼ぐために、相手の感覚の入口そのものへ働きかけている。
歴史と発見
この成果は2021年5月18日に公表された。自然科学研究機構の生理学研究所と生命創成探究センターが、関西大学・富山大学と共同で進めた研究である。注目すべきは、対象が蚊だけではなかった点だ。研究ではマウスの唾液にも同じような阻害の働きが確認されている。血を吸う昆虫に特有の性質ではなく、唾液という体液がもともと持っている性質の延長線上にある可能性が見えてくる。動物が傷口をなめる行動は古くから知られてきたが、そこに痛みの入口を抑えるという具体的な作用が重なると、意味の見え方が変わる。研究の進め方も、痛みそのものを測るのではなく、痛みセンサーの機能という手前の段階を測る形をとっている。TRPV1やTRPA1は、辛味や刺激に対する反応を通じて機能を調べられるため、唾液を加えたときに反応がどう変わるかを比較できる。熱処理という単純な操作を組み合わせることで、成分の正体をタンパク質へと絞り込んだ流れも、実験の組み立てとして分かりやすい。日常のかゆみの背後にある現象が、受容体という分子の言葉で説明された事例である。
もう一歩先
痛みの入口を抑える成分が特定されたことは、基礎研究の枠にとどまらない意味を持つ。研究グループは、唾液に含まれる成分の研究が新しい痛み止めの研究につながるものと期待している、と述べている。痛みの信号が立ち上がる最初の段階に働きかける物質は、痛みの伝わり方を理解するうえでも手がかりになる。ここで思い出したいのは、TRPV1とTRPA1がもともと何のためのセンサーかということである。唐辛子の辛味やワサビの刺激を痛みとして受け取るという性質は、裏を返せば、体にとって危険な刺激を早く知らせるための仕組みである。その入口が抑えられるということは、危険を知らせる合図が一時的に届きにくくなるということでもある。蚊にとって都合がよいのは、まさにこの点だ。気づかれないまま吸血を終えられれば、追い払われる危険を避けられる。刺された側からすれば、気づいたときには終わっている。小さな昆虫の生存戦略が、ヒトの感覚を分子のレベルで理解する研究と、同じ土俵で語られている。身近な夏の出来事が、痛みの科学の入口になっている。
🌱 ためしてみよう!3択クイズ
本文をよんでこたえてみよう。タップでせいかいがでるよ。
Q1. 蚊にさされてもすぐ気づかないのはどうして?
Q2. だ液の中ではたらいていたものは何だった?
だ液に熱を加えてこわすと、痛みをおさえる働きがなくなりました。熱でこわれるのはたんぱく質です。そこから、はたらいていたのはたんぱく質だと分かり、シアロルフィンという成分が見つかりました。
Q3. 蚊のだ液が働きかけるセンサーは、ふだん何を感じている?
TRPV1はとうがらしのからさを、TRPA1はわさびのようなしげきを痛みとして受け取るセンサーです。どちらもあぶないことを早く知らせるための入口で、蚊のだ液はその両方を弱めていました。
👤 大人のちょっとした雑学
蚊は「辛味センサー」を狙っていた
抑えられていたのはカプサイシン受容体TRPV1とワサビ受容体TRPA1。唐辛子とワサビを痛みとして受け取る入口を、蚊は吸血のあいだ黙らせている。狙い撃ちの精度が高い。
犯人はタンパク質だった
唾液に熱を加えると阻害の働きが消えた。熱で構造が変わるのはタンパク質だから、実体はタンパク質だと絞り込める。単純な操作で正体に迫る、実験設計の妙である。
マウスの唾液にも同じ働き
この作用は蚊だけのものではなく、マウスの唾液でも確認された。血を吸う昆虫の特殊技能ではなく、唾液という体液が持つ性質の延長にある可能性が見えてくる。
🔬 とことん深掘り:読書ガイド
読み順ガイド(やさしい→専門)
- 生理学研究所「蚊やマウスの唾液の鎮痛効果のメカニズムの発見」(プレスリリース)
一次情報にあたるのが最短。何を測り、何を根拠にタンパク質と結論したかが簡潔にまとまっている。 - サイエンスポータル(JST)による同研究の報道記事
研究の位置づけを一般向けに整理した記事。プレスリリースと読み比べると、何が新規性として扱われたかが分かる。 - 生理学・神経科学の大学教科書(感覚受容の章)
TRPチャネルが感覚の入口として果たす役割を体系的に押さえる段階。個別の研究成果を評価する土台になる。 - 痛み研究(疼痛学)の専門書
痛み信号がどこで生まれ、どう伝わるかを扱う分野。受容体レベルの話が臨床とどうつながるかを俯瞰できる。
さらに進む方向
もっと詳しく:しくみのながれ
- 1蚊が細い口を皮ふにさす
- 2血を吸う前にだ液を注入する
- 3だ液がTRPV1とTRPA1の働きをおさえる
- 4痛みの信号が立ち上がりにくくなる
- 5気づかれないうちに吸血が終わる
ことばのメモ
- TRPV1
- からさを痛みとして感じるセンサー
- TRPA1
- わさびの刺激を感じるセンサー
- シアロルフィン
- だ液にふくまれる成分の名前
- 受容体
- 刺激を受け取るタンパク質
- 阻害
- 働きをじゃまして弱めること
よくある質問
蚊にさされてもすぐ気づかないのはなぜ?
だ液の何が働いているの?
TRPV1とTRPA1は何を感じるセンサーなの?
この仕組みは蚊だけのものなの?
学びのタネ
この問いに関連する本・実験・サービスのご紹介です。
家でできること
- 夏の夕方と夜で、家のまわりに蚊がいる場所と時間をノートに記録して比べてみよう
- とうがらしやわさびを食べたとき、口のどこがどう感じるかを言葉にして書き出してみよう
おとな向けに:新書・実用書
とことん深く:専門書・古典
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出典・参考文献
- 自然科学研究機構 生理学研究所蚊やマウスの唾液の鎮痛効果のメカニズムの発見 参照 2026-07-30
- 科学技術振興機構 サイエンスポータル蚊の唾液成分が刺された瞬間の痛みを消していた 生理学研究所など解明 参照 2026-07-30
出典・正確性ポリシー:詳しく読む
蚊は血をすう前に、自分のだ液を体の中に入れます。このだ液が、痛みを感じるセンサーの働きをおさえていることが2021年の研究で分かりました。だから、さされてもすぐには気づきにくいのです。