オリンピックはいつから始まったの?

公開:2026-09-11 更新:2026-09-11 読了 約6分

図解

1 紀元前9世紀ごろ 考古学的にはこのころが起源とされる 2 紀元前776年 古代オリンピック第1回大会(記録上)。競走1種目のみ 3 紀元後393年 第293回大会。古代オリンピックの最後 4 1894年 パリの国際会議で2年後のアテネ開催が決定 5 1896年4月6日 第1回近代オリンピックがアテネで開幕。14か国241人 6 1912年5月16日 日本初の代表選手団がシベリア鉄道でストックホルムへ出発

図解:問いを6ステップで読みとく流れ(自動生成)

古代は紀元前776年、今の大会は1896年のアテネから始まったから。

オリンピックには、じつは二つの「始まり」があります。古代のオリンピックと、今のオリンピックです。

東京大学の橋場弦はしばゆづる先生の解説かいせつによると、古代オリンピックは紀元前きげんぜん776年の第1回大会から紀元後きげんご393年の第293回大会まで、1200年近くにわたってギリシャのオリンピアの地で行われた祭典さいてんです。神々の父であるゼウスにささげられた、宗教しゅうきょうのお祭りでした。

日本オリンピック委員会いいんかいのコラムによると、はじめのころの競技きょうぎ競走きょうそう1種目しゅもくだけでした。1スタディオンという、約191メートルのコースを走ったのです。

今のオリンピックは、それとは別に作られました。フランスの貴族きぞく教育者きょういくしゃのクーベルタン男爵だんしゃくのよびかけで、1896年にギリシャのアテネで第1回の近代きんだいオリンピックが開かれました。参加さんかしたのは14か国、241人です。

日本が初めて参加したのは1912年のストックホルム大会で、三島弥彦みしまやひこ選手と金栗四三かなくりしそう選手の2人が日本初の代表だいひょう選手に選ばれました。

古代と近代、名前は同じでも中身は別のもの。そう考えると、オリンピックの歴史がぐっと面白くなりますよ。

「オリンピックは紀元前776年から」と言うとき、私たちは二つの別の催しを一つの名前で呼んでいる。東京大学の橋場弦教授によれば、古代オリンピックは紀元前776年の第1回大会から紀元後393年の第293回大会まで、1200年近くにわたってギリシャのオリンピアで行われた祭典で、神々の父ゼウスに捧げられた宗教的祭典だった。日本オリンピック委員会(JOC)のコラムによれば、初期の競技は競走1種目だけで、約191メートルのコースを走った。

近代オリンピックはまったく別の思想で生まれた。JOCによれば、フランス貴族で教育者だったピエール・ド・クーベルタン男爵が1894年のパリの国際会議で2年後のアテネ開催を決め、1896年4月6日に第1回大会が開幕、14か国241人が参加した。

日本の初参加は1912年のストックホルム大会。三島弥彦と金栗四三の2人が日本初の代表選手となった。

仕組みの科学

オリンピックの「始まり」を正確に語るには、古代と近代を切り分ける必要がある。東京大学の橋場弦教授の解説によれば、古代オリンピックは紀元前776年の第1回大会から紀元後393年の第293回大会まで、1200年近くにわたってギリシャのオリンピアの地で行われた祭典である。そして古代オリンピックは神々の父であるゼウスに捧げられた宗教的祭典だった。

日本オリンピック委員会(JOC)のコラムは、その競技の中身を伝えている。紀元前776年の第1回大会から紀元前728年の第13回大会まで、古代オリンピックで開かれていたのは競走1種目だけだった。走った距離は1スタディオン、約191メートルのコースである。JOCによれば、考古学的にはオリンピックの起源は紀元前9世紀ごろとされており、紀元前776年という年は記録に残る最古の大会として位置づけられる。

これに対して近代オリンピックは、古代の祭典を直接引き継いだものではなく、19世紀末に新しく設計された国際大会である。JOCによれば、フランス貴族で教育者だったピエール・ド・クーベルタン男爵が、1894年のパリの国際会議で2年後のアテネ開催を決定し、1896年4月6日に第1回大会が開幕した。参加は14か国、241人。同じ名前を持ちながら、目的も規模も参加者も、古代とはまったく異なる催しがここに生まれた。

歴史と発見

古代オリンピックは、一度途絶えた歴史でもある。橋場弦教授の解説にあるように、紀元後393年の第293回大会を最後に、1200年近く続いた祭典は終わった。以後、オリンピアの祭典は文献と遺跡の中に残る過去の出来事となり、近代に復活するまで長い空白があった。

近代オリンピックの誕生には、はっきりした人物と日付がある。JOCのコラムによれば、フランス貴族で教育者だったピエール・ド・クーベルタン男爵が構想し、1894年にパリで開かれた国際会議で2年後のアテネ開催が決まった。1896年4月6日、第1回近代オリンピックがアテネで開幕し、14か国から241人が参加した。古代の祭典が神々への奉納だったのに対し、近代の大会は教育者であるクーベルタンの構想から生まれた国際大会だった。同じオリンピックという名を受け継ぎながら、その成り立ちは新しいものだった。

日本の参加もまた、はっきりした記録を持つ。JOCによれば、クーベルタン男爵はIOC委員として嘉納治五郎を推薦し、アジア初のIOC委員が誕生した。1912年のストックホルム大会には、三島弥彦選手と金栗四三選手の2人が日本初のオリンピック代表選手に選ばれ、総勢4名の日本代表選手団は1912年5月16日、シベリア鉄道を利用してストックホルムを目指した。第1回アテネ大会から16年後、日本はこの国際大会の一員となったのである。

もう一歩先

「いつから始まったか」という問いは、答える側がどの始まりを指すかで変わる。紀元前776年と答えれば古代の記録上の第1回を、紀元前9世紀ごろと答えれば考古学的な起源を、1896年と答えれば近代の第1回を指している。JOCのコラムと橋場弦教授の解説が、それぞれ異なる角度からこれらの年代を示しているのは、オリンピックの歴史が一本の線ではなく、いくつかの層でできているからだ。

この重層性は、歴史を学ぶときの基本的な姿勢を教えてくれる。同じ名前で呼ばれるものが、時代によって中身を変えている例は少なくない。古代オリンピックはゼウスに捧げられた宗教的祭典であり、競技は当初競走1種目だけだった。近代オリンピックは教育者クーベルタンが設計した国際大会で、初回から14か国が参加した。名前の連続性と中身の断絶を分けて考えることで、歴史の見え方は変わる。

家庭でできる学びとしては、JOCのウェブサイトにある大会ごとの記録を読み、第1回アテネ大会から順に参加国数と参加人数がどう変わってきたかを表にしてみるとよい。1896年の14か国241人という出発点と、現在の大会を比べれば、近代オリンピックがどれだけ大きな催しに育ったかが数字で分かる。オリンピックの歴史は、年表の数字のうしろに人の移動と時間の重みが隠れている題材なのだ。

🌱 ためしてみよう!3択クイズ

本文をよんでこたえてみよう。タップでせいかいがでるよ。

Q1. 古代オリンピックが行われた場所は?
こたえ:ギリシャのオリンピア
本文にあるとおり、古代オリンピックは紀元前776年の第1回大会から紀元後393年の第293回大会まで、ギリシャのオリンピアの地で行われた祭典です。神々の父であるゼウスにささげられた宗教のお祭りでした。
Q2. はじめのころの古代オリンピックの競技は?
こたえ:競走1種目だけ
本文にあるとおり、日本オリンピック委員会のコラムによると、はじめのころの競技は競走1種目だけでした。1スタディオンという約191メートルのコースを走ったのです。水泳やサッカーは古代にはありませんでした。
Q3. 第1回の近代オリンピックはいつ、どこで開かれた?
こたえ:1896年のアテネ
本文にあるとおり、クーベルタン男爵のよびかけで、1896年にギリシャのアテネで第1回の近代オリンピックが開かれました。参加は14か国241人です。紀元前776年は古代の第1回、1912年のストックホルムは日本が初めて参加した大会です。

👤 大人のちょっとした雑学

最初の13大会は競走だけ

JOCのコラムによれば、紀元前776年の第1回大会から紀元前728年の第13回大会まで、古代オリンピックで開かれていたのは競走1種目だけだった。1スタディオン、約191メートルを走る。スタジアムという言葉はこの距離の単位から来ている。

古代の最終回は第293回

橋場弦教授の解説によれば、古代オリンピックは紀元後393年の第293回大会まで1200年近く続いた。4年ごとに293回。近代オリンピックが同じ回数に達するには、まだ何百年もかかる計算になる。

日本代表はシベリア鉄道で向かった

JOCによれば、1912年のストックホルム大会に向けて、総勢4名の日本代表選手団は5月16日にシベリア鉄道を利用してストックホルムを目指した。三島弥彦と金栗四三という2人の選手の旅は、飛行機のない時代の遠征の重みを物語る。

🔬 とことん深掘り:読書ガイド

読み順ガイド(やさしい→専門)

  1. オリンピックの図鑑(児童向け・歴史と競技編)
    古代と近代という二つの始まりがあることを、年表と絵でつかむ段階。名前が同じでも中身が違うという視点をここで持つ。
  2. 古代ギリシャ史の入門書(ポリスと祭典の章を中心に)
    オリンピアの祭典がゼウスに捧げられた宗教的祭典だったことを、古代ギリシャの社会と宗教の文脈の中で理解する。
  3. 近代オリンピック史の概説書
    クーベルタンの構想から1896年アテネ大会、そして各国の参加へと広がる過程を追う。日本の1912年初参加が世界史のどこに位置するかが見える。
  4. スポーツ史・スポーツ社会学の専門書
    古代と近代の断絶と連続を、祭典・教育・国際政治といった枠組みで分析する。オリンピックを歴史研究の対象として扱う方法を学ぶ。

さらに進む方向

  • オリンピアの遺跡の考古学調査から、祭典の起源年代と競技施設の変遷を復元する古典考古学
  • 古代の祭典競技が宗教・都市国家・市民身分とどう結びついていたかを扱う古代ギリシャ社会史
  • 近代オリンピックの理念形成と、19世紀末の教育思想・国際主義との関係を追う近代スポーツ史
  • 日本のオリンピック参加初期における選手選考・遠征・報道を一次史料から再構成する日本スポーツ史

もっと詳しく:歴史と時系列

  1. 紀元前9世紀ごろ
    考古学的にはこのころが起源とされる
  2. 紀元前776年
    古代オリンピック第1回大会(記録上)。競走1種目のみ
  3. 紀元後393年
    第293回大会。古代オリンピックの最後
  4. 1894年
    パリの国際会議で2年後のアテネ開催が決定
  5. 1896年4月6日
    第1回近代オリンピックがアテネで開幕。14か国241人
  6. 1912年5月16日
    日本初の代表選手団がシベリア鉄道でストックホルムへ出発

ことばのメモ

古代オリンピック
古代ギリシャで行われた祭典
近代オリンピック
1896年から続く今の大会
スタディオン
古代の競走の距離の単位
IOC
国際オリンピック委員会
宗教的祭典
神にささげるお祭り

よくある質問

古代オリンピックはいつからいつまで?
東京大学の橋場弦教授によると、紀元前776年の第1回大会から紀元後393年の第293回大会まで、1200年近くにわたってギリシャのオリンピアで行われました。
古代の競技は何があったの?
日本オリンピック委員会によると、第1回から紀元前728年の第13回大会までは競走1種目だけで、1スタディオン、約191メートルのコースを走りました。
今のオリンピックはだれが始めたの?
フランス貴族で教育者だったピエール・ド・クーベルタン男爵です。1894年のパリの国際会議で決まり、1896年4月6日にアテネで第1回大会が開幕、14か国241人が参加しました。
日本はいつから参加しているの?
1912年のストックホルム大会からです。三島弥彦選手と金栗四三選手が日本初の代表選手に選ばれ、総勢4名の選手団が5月16日にシベリア鉄道で出発しました。

学びのタネ

この問いに関連する本・実験・サービスのご紹介です。

家でできること

  • 日本オリンピック委員会のウェブサイトで、第1回アテネ大会から参加国数と参加人数がどう変わったかを表にしてみよう。
  • 校庭に約191メートルのコースを作り、古代オリンピックの競走と同じ距離を走ってみよう。
  • 地図でストックホルムまでの道のりをたどり、1912年の日本代表がシベリア鉄道で向かった旅を想像してみよう。

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出典・参考文献

  1. 東京大学古代オリンピックの知られざるリアル(橋場弦) 参照 2026-09-11
  2. 日本オリンピック委員会オリンピックの誕生 参照 2026-09-11
  3. 日本オリンピック委員会アテネ1896 参照 2026-09-11
  4. 日本オリンピック委員会ストックホルム1912 参照 2026-09-11

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