図解
図解:問いを6ステップで読みとく流れ(自動生成)
1998年発見の富本銭が7世紀後半で日本最古とわかったから。
みなさんは、お金がなかった時代のことを想像したことがありますか?大むかしの日本には、まだ紙のお札もなく、コインすらありませんでした。ものと物を交かんしたり、米や布をお金の代わりに使っていたのです。
では、日本で一番古いお金は何でしょう?学校では長いあいだ、「和同開珎」(708年に発行)が一番古いと教えられてきました。でも1998年、奈良県の飛鳥池遺跡から、それより古い「富本銭」が発見されたのです。作られたのは今から1300年以上前、7世紀の後半でした。
さらに研究が進むと、富本銭よりももっと前に、「無文銀銭」という文字のない銀のお金が使われていたこともわかっています。ですが「作って世の中に広く回した最初のお金」としては、和同開珎がやはり大事な位置にあります。
東京の日本橋にある「日本銀行金融研究所 貨幣博物館」に行くと、これらの本物のお金を見ることができますよ。むかしの人たちがどのように工夫してお金を作り、世の中に広めていったのか、その長い歴史の流れをじっくりたどってみてください。
日本で最初のお金は、長らく708年発行の「和同開珎」だと信じられてきた。だが1998年、奈良県の飛鳥池遺跡(明日香村)の発掘調査で、7世紀後半に鋳造された「富本銭」が確認された。飛鳥池からは富本銭本体だけでなく、鋳型・ルツボ・やすりといった鋳造道具まで出土しており、この地で製造されていたことに疑いはない。日本銀行金融研究所貨幣博物館の解説によれば、さらに古くには文字のない「無文銀銭」が使われていた記録もある。ただし富本銭や無文銀銭は流通範囲が狭く、儀式や祝儀の用途が中心だったとする見方もある。「本格的かつ継続的に造られ、日本の広範囲で流通した最初の貨幣」は依然として708年の和同開珎だ。「日本最古の貨幣は何か」という問いは、「作られた最古」「流通した最古」の二軸で見る必要があるのだ。1998年の発掘は、教科書の記述を書き換えた歴史的発見でもある。
仕組みの科学
そもそも「お金」とは何だろう。日本銀行金融研究所貨幣博物館の解説によれば、貨幣は「物々交換の不便を解消するための共通の価値尺度」として生まれた。飛鳥時代以前の日本では、米・絹・布・塩などがそのままお金の役割を果たしていた。しかしこれらは持ち運びが大変で、細かい取引にも向かない。そこで唐(中国)から伝わった「銅銭」の技術を取り入れることになる。7世紀後半、朝廷は独自の銅銭を鋳造しはじめた。それが富本銭である。原料の銅は各地の鉱山から集められ、鋳型に流し込んで大量生産された。表面には「富本」の文字と、七つの点で星を表す独特のデザインが刻まれた。1998年の飛鳥池遺跡の発掘では、富本銭本体に加え、鋳型・ルツボ・やすりといった製造道具までまとまって出土した。まさに「日本最古の造幣工房跡」が発見されたのだ。この鋳造技術は、和同開珎、皇朝十二銭(8〜10世紀)へと受けつがれていく。貨幣制度は、単なるお金の話ではなく、国家が「価値の基準」を統一していく壮大な社会実験でもあった。
歴史と発見
1998年、奈良県明日香村の飛鳥池遺跡から、富本銭が出土した。日本銀行金融研究所貨幣博物館の解説によれば、この発見以前、日本最古の銭貨は708年(和銅元年)発行の和同開珎とされてきた。教科書にもそう記載されていた。だが飛鳥池からの出土品は、明らかにそれよりも古い層から見つかり、鋳造年代は7世紀後半と推定された。同じ遺跡から鋳型やルツボまで出土したことで、「近くで造られた本物の貨幣」であることが確定した。富本銭より古くさかのぼると、「無文銀銭」の存在も確認されている。これは文字のない銀の円盤状で、7世紀前半から中頃に使われた記録がある。銀の重さで価値を決める、いわば「秤量貨幣」だったと考えられている。この発見の連鎖により、日本の貨幣史は「和同開珎から」ではなく「富本銭、そして無文銀銭から」へと書き直された。教科書の記述も改訂され、多くの博物館の展示解説も更新されている。1998年の発掘は、日本考古学史に残る画期的な成果となった。
もう一歩先
「日本最古の貨幣」を問うとき、実は「何をもって“最古”とするか」で答えが変わる。文化庁「文化遺産オンライン」に登録される日本銀行金融研究所貨幣博物館の解説では、この点を明確に区別している。「最古の鋳造貨幣」は富本銭(7世紀後半)。「文字のない銀貨として最古の使用例」は無文銀銭(7世紀前半から中頃)。そして「本格的かつ継続的に発行され、日本の広範囲で流通した最初の貨幣」は依然として和同開珎(708年)である。無文銀銭や富本銭は流通範囲が限定的で、儀式や祝儀の用途が中心だった可能性が高いためだ。この違いは、貨幣が社会に定着するには「発行」だけでは足りず、「税や給与での使用」「商取引での受け入れ」「地方への普及」という段階を経ることを示している。和同開珎以降、朝廷は「皇朝十二銭」と呼ばれる12種類の銅銭を10世紀までに順次発行するが、それも次第に流通が細り、中国輸入銭に取って代わられていく。「お金の歴史」は、単なる年表ではなく、社会と技術の相互作用の記録なのだ。
🌱 ためしてみよう!3択クイズ
本文をよんでこたえてみよう。タップでせいかいがでるよ。
Q1. 日本で最古の鋳造貨幣として1998年に発見されたのは?
Q2. 富本銭が発見された場所はどこ?
奈良県明日香村の飛鳥池遺跡です。1998年の発掘調査で、富本銭本体に加え、鋳型・ルツボ・やすりといった鋳造道具までまとまって出土しました。
Q3. 東京日本橋にある、お金の歴史を学べる博物館は?
日本銀行金融研究所 貨幣博物館です。日本銀行本店の近くにあり、富本銭・和同開珎など日本のお金の歴史を実物で見ることができます(入館無料)。
👤 大人のちょっとした雑学
教科書を書き換えた1998年の発見
1998年、飛鳥池遺跡から富本銭と鋳造道具が一括出土した。日本最古の貨幣は708年の和同開珎から、7世紀後半の富本銭へと書き換えられ、教科書の記述も改訂された(日本銀行金融研究所貨幣博物館)。
文字のない銀貨・無文銀銭
富本銭よりさらに古く、文字のない銀の円盤「無文銀銭」が使われていた記録がある。銀の重さで価値を決める秤量貨幣で、日本の貨幣史の原点にあたる(日本銀行金融研究所貨幣博物館)。
最古のお金は3種類に分かれる
文化遺産オンラインの解説によれば、「最古の鋳造貨幣」は富本銭、「最古の秤量貨幣」は無文銀銭、「最古の本格流通貨幣」は和同開珎。視点によって答えが変わるのが面白いところだ。
🔬 とことん深掘り:読書ガイド
読み順ガイド(やさしい→専門)
- 『貨幣博物館ガイドブック』(日本銀行金融研究所)
1次資料に最も近い入門書。展示解説をそのまま学べる決定版。 - 『日本古代貨幣の研究』(松村恵司)
富本銭・和同開珎・皇朝十二銭を体系的に扱う専門書。 - 『貨幣の日本史』(東野治之)
古代から近世までの貨幣を通史として位置づける学術書。
さらに進む方向
もっと詳しく:歴史と時系列
- 7世紀前半〜中頃無文銀銭が使われる(銀の重さで価値を決める秤量貨幣)
- 7世紀後半富本銭が鋳造される(飛鳥池遺跡で1998年に発見)
- 708年(和銅元年)和同開珎が発行され本格的に流通
- 8〜10世紀皇朝十二銭が順次発行される
- 1998年飛鳥池遺跡から富本銭と鋳造道具が出土
- 2015年日本銀行金融研究所貨幣博物館がリニューアルオープン
ことばのメモ
- 富本銭
- 1998年発見の日本最古の鋳造銅銭
- 和同開珎
- 708年発行、広く流通した銅銭
- 無文銀銭
- 文字のない銀貨、7世紀前半に使用
- 飛鳥池遺跡
- 富本銭が出土した奈良の遺跡
- 秤量貨幣
- 重さを量って価値を決めるお金
よくある質問
日本で一番古いお金は何ですか?
和同開珎は最古のお金ではないのですか?
富本銭はどこで発見されたのですか?
無文銀銭とは何ですか?
学びのタネ
この問いに関連する本・実験・サービスのご紹介です。
家でできること
- 東京都日本橋の「日本銀行金融研究所 貨幣博物館」を訪ねて、富本銭・和同開珎の実物を見てみよう(入館無料)。
- 図書館で日本貨幣史の本を借り、皇朝十二銭や中国輸入銭が使われた時代の流れをたどってみよう。
おとな向けに:新書・実用書
とことん深く:専門書・古典
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出典・参考文献
- 日本銀行金融研究所 貨幣博物館日本貨幣史 本文 参照 2026-07-16
- 日本銀行金融研究所 貨幣博物館お金の歴史に関するFAQ 参照 2026-07-16
- 文化庁 文化遺産オンライン日本銀行金融研究所 貨幣博物館 参照 2026-07-16
出典・正確性ポリシー:詳しく読む
富本銭です。1998年、奈良県明日香村の飛鳥池遺跡から出土し、鋳造年代は7世紀後半と推定されました(日本銀行金融研究所貨幣博物館)。