図解
図解:問いを6ステップで読みとく流れ(自動生成)
もとは「左様ならば」という、話をつなぐ言葉だったから。
学校の帰りに言う「さようなら」。じつはもともと、お別れの言葉ではありませんでした。
辞書の説明によると、「さようなら」は「さようならば」という言葉が形をかえたものです。「さようならば」は「左様ならば」、つまり「そういうことならば」という意味の、話をつなぐための言葉でした。
むかしの人は、別れるときにこう言いました。「さようならば、また明日お会いしましょう」。ところが、だんだん後ろのほうが省かれて、前の「さようなら」だけがのこったのです。つなぎの言葉が、そのままあいさつになったのです。長い言葉は、何度も使われるうちに短くなっていきます。
江戸時代には、ほかにも「しからば」「さようなれば」「そんなら」など、いろいろな言い方があったと國學院大学の先生が説明しています。今つかわれているのは、そのうちの一つがのこった形なのですね。
ふだん耳にする「さよなら」は、その「さようなら」がさらにみじかくなった形だと辞書には書かれています。長い言葉ほど、使われるうちに少しずつけずられていくのですね。
「さようなら」はもともと接続詞である。辞書の記述によれば、「さよなら」は「さようなら」が変化した語であり、その「さようなら」は接続詞「さようならば」が変化してできたものだ。意味は「それならば」。江戸時代には「しからば」「さようなれば」「そんなら」といった様々な形式が併存し、敬語を伴って「さようならば明朝お目にかかりましょう」「さようならご機嫌よろしう」のような長い形も使われていた。つまり本来は文の途中にある語であり、別れそのものを指す言葉ではなかった。後半が省略され、前置きだけが独立して挨拶になったわけである。ある研究者は、世界の別れの言葉を「神のような存在の加護を願う型」「再び会いましょう型」「お元気で型」の三つに分類したうえで、日本語の別れ言葉がそのどれとも異なる位置にあることを論じている。仮定の形のまま立ち止まる挨拶なのだ。
仕組みの科学
「さようなら」の成り立ちは、言葉の省略という現象の典型例として読める。辞書の記述では、「さようなら」は接続詞「さようならば」が変化してできた語であり、元来は「それならば」という意味を持っていたとされる。「左様」「然様」と書かれることもあり、「しからば」「然らば」と同じ用法で使われてきた。ここで重要なのは、この語が本来は文と文をつなぐ位置にあったという点である。「そういうことであるならば」と述べたあとには、当然その先の内容が続くはずだった。國學院大學の解説によれば、江戸時代には敬語を伴って「さようならば明朝お目にかかりましょう」「さようならご機嫌よろしう」「さようならおしづかに」といった長い形式が使われていたという。この後半部分が落ちることで、前置きにすぎなかった接続詞が、それ単独で別れの意味を担うようになった。挨拶語には同種の省略が多く、「じゃあね」も「では」が融合した「じゃあ」に終助詞が付いた形だと説明される。言葉は、繰り返し使われる場面ほど短くなっていく。
歴史と発見
江戸時代の別れの言葉は、現在よりずっと多様だった。國學院大學文学部の諸星美智直教授の解説によれば、当時は「しからば」「さようなれば」「そんなら」など様々な形式があり、状況や相手に応じて使い分けられていた。さらに敬語を伴った長い形式も併用されており、別れ際にどれだけの言葉を尽くすかで敬意の度合いを表していたことがうかがえる。現代語ではこうした長い形式はあまり使われなくなり、「さようなら」という短い形に収斂した。ただしこの語がどの場面でも十分な敬意を持つかというと、そうとも限らない。同解説では、訪問先を辞去する場面のように、より高い敬意が求められる場合には「それではこれで失礼させていただきます」と述べればよい、という実践的な助言が添えられている。省略によって短くなった語は使いやすい反面、敬意を盛り込む余地も同時に手放している。長い形式が消えたぶんを、別の言い回しで補う必要が生じたわけである。言葉の歴史は、便利さと丁寧さの取引の記録でもある。
もう一歩先
別れの言葉を世界で見比べると、日本語の位置がはっきりしてくる。国立国会図書館のレファレンス事例で紹介されている竹内整一の著作は、世界の別れの言葉を「神のような存在のご加護を願う」「再び会いましょう」「お元気で」の三つに分類している。この枠組みで見ると、「さようなら」はそのいずれにも収まらない。加護を願うのでも、再会を約束するのでも、相手の無事を祈るのでもなく、「そうであるならば」という仮定の形のまま言い切られる。同じ事例では、アン・モロー・リンドバーグの著作から、「サヨナラ」を文字どおりに訳すと「そうならなければならないなら」という意味になる、という一節も紹介されている。別れの痛みを再会の希望で紛らわせようとしない姿勢が、そこに読み取られている。もっとも、これらは日本語論としての解釈であり、語源そのものの説明とは分けて考える必要がある。接続詞が挨拶になったという事実と、その形に何を読み取るかという解釈は、別の層の話である。
🌱 ためしてみよう!3択クイズ
本文をよんでこたえてみよう。タップでせいかいがでるよ。
Q1. 「さようなら」のもとの形は?
Q2. もとの「さようならば」はどんな役目の言葉だった?
「さようならば」は「それならば」という意味の接続詞でした。後ろに「また明日お会いしましょう」などの言葉が続いていましたが、その後半が省かれて前半だけがのこりました。
Q3. 江戸時代に使われていた別れの言い方はどれ?
國學院大學の解説によると、江戸時代には「しからば」「さようなれば」「そんなら」など様々な形式がありました。「ばいばい」や「じゃあね」はもっと新しい言い方です。
👤 大人のちょっとした雑学
前置きだけが残った挨拶
「さようならば明朝お目にかかりましょう」の後半が落ち、接続詞だけが独立して挨拶になった。本来は文の途中の語であり、別れそのものを指す語ではなかったという成り立ちが面白い。
三分類に収まらない別れ言葉
世界の別れの言葉を「加護を願う」「再び会いましょう」「お元気で」に分類する見方がある。「さようなら」はそのどれでもなく、仮定の形のまま立ち止まる点が特異とされる。
「じゃあね」も省略形
「じゃあね」は「では」が融合した「じゃあ」に終助詞「ね」が付いた形と説明される。挨拶語は使用頻度が高いぶん、短縮と省略が進みやすい領域だといえる。
🔬 とことん深掘り:読書ガイド
読み順ガイド(やさしい→専門)
- 『広辞苑 第六版』新村出編(岩波書店)
まず辞書の語釈で「さようなら」が接続詞由来であることを確認する。解釈や随想に進む前に、記述の範囲を押さえておくと軸がぶれない。 - 『日本国語大辞典 第二版』(小学館)
用例を年代順に確認できる大型辞典。いつごろどんな形で使われていたかを、実際の文例に当たって検証する段階に適している。 - 『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか』竹内整一(筑摩書房)
世界の別れ言葉を三類型に整理したうえで日本語の位置を論じる。語誌を押さえたあとに読むと、事実と解釈の境目が見分けやすい。 - 『翼よ、北に』アン・モロー・リンドバーグ(みすず書房)
「サヨナラ」を外部の視点から捉えた一節が知られる。日本語話者の自己解釈とは別の角度からの記述として読み合わせる価値がある。
さらに進む方向
もっと詳しく:歴史と時系列
- 元の形接続詞「さようならば(左様ならば)」=それならば
- 江戸時代「しからば」「さようなれば」「そんなら」など多様な形式が併存
- 江戸時代「さようならば明朝お目にかかりましょう」など敬語を伴う長い形式も使われる
- その後後半が省略され「さようなら」だけで別れの挨拶として定着
- 現代さらに変化した「さよなら」も並行して使われる
ことばのメモ
- 接続詞
- 文と文をつなぐ言葉
- 左様
- 「そのよう」の古い言い方
- しからば
- 「それならば」の古い形
- 省略
- 言葉の一部をはぶくこと
- レファレンス
- 図書館の調べもの相談
よくある質問
「さようなら」の語源は何なの?
「さよなら」と「さようなら」は違うの?
江戸時代はどう言っていたの?
目上の人にも「さようなら」でいいの?
学びのタネ
この問いに関連する本・実験・サービスのご紹介です。
家でできること
- 家族や友だちが別れぎわに使う言葉を一週間集めて、どんな言い方が多いか数えてみよう
- 外国語の別れの言葉をいくつか調べ、「再び会いましょう」型か「お元気で」型かを分けてみよう
おとな向けに:新書・実用書
とことん深く:専門書・古典
読み放題・聴き放題
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出典・参考文献
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「さようなら」と「さよなら」の違いを知りたい 参照 2026-07-29
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「さようなら」という別れの言葉について、日本語と外国語の考え方の違いについて書かれた資料が見たい。 参照 2026-07-29
- 國學院大學目上の人と別れるときに何と挨拶をすればよいでしょうか? 参照 2026-07-29
出典・正確性ポリシー:詳しく読む
辞書の説明によると、「さようなら」は接続詞「さようならば」が形をかえたものです。「左様ならば」は「そういうことならば」という意味で、話をつなぐための言葉でした。